レディとしてのチャットレディについて

チャットレディと言うのはレディという呼称がまさにふさわしいのではないでしょうか。レディと言いますと、どうしてもイギリスを思い出してしまいます。レディーズ・アンド・ジェントルメンの国と言っていいのではないでしょうか。ヴィクトリア朝なんかは、とても優雅です。私たちはもはやシャーロック・ホームズを通じてしかその優雅さを知ることはできないわけですが、しかし、あの探偵がいてくれたおかげで、イギリスの文化的なイメージは抜群に良くなっていることは疑いありません。
チャットレディと言いますのも、おしゃべりをしているだけの仕事と言えば、それまでですが、そこに優雅さがあるということは否めないのではないでしょうか。お水系の仕事というのは、そんなに優雅な名称は付いていないのではないでしょうか。デリヘル嬢とかいって、優雅と感じる人がどれだけいるのでしょうか。しかし、チャットレディは、少なくとも呼称だけ見てみれば、かなり優雅であると感じられます。
チャットと言うのはおしゃべりという意味ですが、おしゃべりをハイデッガーなんかは嫌いました。日常性への頽落ではないかというわけです。もちろん、このような考え方はそんなにはもはや支持されていないのかもしれませんが、しかし、会話と言うのは公共的であるべきである、などと主張するハーバーマスなんかも、そんなに褒められたものではないのではないのでしょうか。
おしゃべりをするくらいしか、もはやすることがないというのは否めないのではないでしょうか。意味のある仕事とかは、消滅してしまっているように思われます。もちろん、政治情勢は悪化しており、それを食い止めるような言説は待望されておりますが、しかし、社会をどうすれば良くできるかというようなことを真剣に話そうという気分になれないというのも否めないのです。
そういうときは少し値段はかかりますが、チャットレディとチャットしてみるのがいいでしょう。

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